高齢者の尿路感染症の特徴とその対策
 − オシッコで困らないために −



   尿路感染症とは、腎臓から尿道までの尿路に起こる感染症です。ほとんどが細菌によって起こりますが、ウィルス、真菌、寄生虫などが原因となることもあります。発症経過から急性と慢性に、また基礎疾患の有無から単純性と複雑性に分けられます。小児、性的活動期の女性、そして高齢者に多い病気です。
   高齢者の特徴として、泌尿器科以外の病気を持っている人が多く、尿路感染症以外の泌尿器科の病気がある人も多いことが挙げられます。そのため、高齢者の尿路感染症は、複雑性尿路感染症が多く、再発や再燃を繰り返し、難治性で慢性に経過することが多いという特徴があります。自覚症状が少ないため、気がつかない間に腎機能が低下してしまうこともあり、注意しなければいけません。

1.尿路感染症
   1)急性 (単純性) 膀胱炎

   女性に多く、大腸菌(約70%)、ブドウ球菌、腸球菌などが尿道から膀胱内に入って炎症を起こし、発症します。「排尿痛」「頻尿」「尿混濁」が三大症状といわれております。その他、血尿、残尿感、尿意切迫感、尿失禁なども出現しますが、下腹部の不快感だけを訴えることもあります。
   アルコールや刺激の強い食べ物をひかえて、水分を十分に摂り、抗菌剤や抗生剤を正しく服用すれば、比較的簡単に治ります。

   2)急性 (単純性) 腎盂腎炎
   女性に多く、「発熱」と「腰痛」で急に発症します。悪寒戦慄を伴い、38〜40℃の高熱になることもあります。午前中に熱が下がって良くなったなと思っていると、午後からまた熱が上がってくる、弛張熱が特徴です。急性膀胱炎の症状が先行することも、全く無いこともあります。起炎菌は大腸菌が約70%です。
   身体を休めて水分を十分摂り、適切な抗生物質の点滴や抗生剤・抗菌剤の服用を行うことにより、比較的簡単に治ります。

   3)慢性 (複雑性) 膀胱炎
   中高年の男性、女性に多く、尿路に前立腺肥大症・癌、神経因性膀胱、膀胱癌、膀胱下垂・瘤などの基礎疾患があります。症状は頻尿、残尿感、排尿痛などですが、急性膀胱炎よりも軽く、無症状のこともあります。起炎菌には大腸菌の他、緑膿菌、腸球菌、セラチアなどがあります。
   抗菌剤や抗生剤で治療しますが、再発や再燃を繰り返すことが多く、治りにくいのが特徴です。基礎疾患の治療も同時に行います。漫然と抗生剤や抗菌剤の投与を続けると、薬剤耐性菌が出現してくるので、基礎疾患によっては、適宜に尿細菌培養を行って起炎菌を同定しておき、急性増悪時や発熱時(急性腎盂腎炎併発時)までは、抗菌剤や抗生剤を投与しない場合もあります。

   4)慢性 (複雑性) 腎盂腎炎
   尿の流れが悪くなるような、水腎症、尿路結石症、膀胱尿管逆流現象、神経因性膀胱、腎盂尿管癌などの基礎疾患があります。軽度の腰痛、全身倦怠感、微熱などがみられますが、症状のないこともあります。次第に腎機能が低下し、慢性腎不全になってしまうこともあるため、注意が必要です。
   治療としては、抗菌剤や抗生剤の内服、抗生剤の注射などが行われますが、難治性です。慢性膀胱炎の場合と同様、抗菌剤や抗生剤を投与しないで、定期的に尿細菌培養を行って起炎菌を同定しておき、急性増悪時や発熱時に投薬を行えるように準備して、経過観察を行っていく場合もあります。

2.高齢者に多い尿路感染症の基礎疾患
   1)前立腺肥大症
(高齢の男性に多い基礎疾患)
   40歳後半から出現し、60歳台の男性では約60%にみられるといいます。残尿感、頻尿、尿意切迫感、尿線途絶、排尿力低下、排尿開始時の"いきみ"、夜間頻尿、尿失禁などの症状が出現し、次第に残尿量が多くなると、尿路感染症を併発しやすくなります。
   治療方法: @薬物治療; 尿道の緊張をゆるめるα遮断剤が第一選択薬です。その他、前立腺を小さくするホルモン剤、漢方薬、植物エキス製剤などが使われます。A手術治療; TURーP(電気メスで前立腺を切除)、レーザー療法、前立腺摘出術などがあります。Bその他の治療; 温熱療法、尿道ステント留置などがあります。
   前立腺癌との鑑別が重要ですが、前立腺癌も前立腺肥大症も、症状はほとんど同じなので、症状から区別することはできません。50歳を過ぎたら、1度はPSAの測定を行いましょう。

   2)腹圧性尿失禁(中高年の女性に多い基礎疾患)
   咳やくしゃみなど、急に腹圧が加わった時に尿が漏れるのを、腹圧性尿失禁といいます。膀胱が下垂して、尿道が開いて短くなっているため、形態的にも尿が漏れやすくなっております。出産や子宮の手術を経験した人に多いのが特徴です。
   尿失禁には、腹圧性尿失禁の他にも過活動膀胱に伴う切迫性尿失禁があり、治療法も病態により異なります。
   尿失禁の治療法としては、@排尿日誌をつける、A膀胱訓練:尿意を我慢して膀胱に尿を溜める訓練、B骨盤底筋体操:肛門をしめ、尿道括約筋を鍛える体操、C薬物療法:膀胱弛緩薬(抗コリン薬)、尿道収縮薬(α刺激薬、β刺激薬)、D理学療法:骨盤底筋群の電気や磁気などによる刺激、骨盤底筋群や膀胱の低周波刺激、E手術療法:尿道つり上げ術、コラーゲン注入などがあります。

   3)神経因性膀胱(高齢者に多い基礎疾患)
   排尿は、蓄尿尿を膀胱内に溜めること)と尿排出尿を尿道を通して体外に出す)に分けられます。脳幹部(橋)に排尿にとって基本的な中枢があり、胸腰髄仙髄にある脊髄排尿中枢を経由して、排尿反射が行われております。また大脳の前頭葉には排尿を意識的にコントロールする中枢があり、大脳基底核小脳なども排尿の調節に関係しております。
   神経因性膀胱とは、排尿をコントロールしているこれら神経経路の障害により生じる、膀胱と尿道の機能障害です。したがって、原因疾患としては、脳梗塞・出血、脳腫瘍、脊髄損傷、椎間板ヘルニア、糖尿病、直腸・子宮手術などがあります。
   症状は、頻尿、尿意切迫感、尿失禁などの蓄尿症状と、尿勢減弱,尿線途絶,排尿開始時のいきみなどの尿排出症状がありますが、これらの症状を併せ持っている場合も多く見られます。また、残尿の多い例、オムツ排尿例、尿道カテーテル留置例なども多く、尿路感染症の原因ともなります。
   診断は,正確には排尿機能検査( 尿流測定, 膀胱内圧測定, 尿道括約筋筋電図測定 ) によって行われます。しかし、排尿障害の原因になる可能性がある、神経系の疾患が分かっている場合は、詳しい排尿症状(排尿日誌が役立ちます)と、超音波検査による残尿測定(同時に男性では前立腺を、女性では膀胱頚部開大の有無が観察できる)、直腸診あるいは内診による骨盤底筋の収縮状態の観察などから、診断は十分に可能です。
   治療は薬物療法が中心になります。過活動膀胱には膀胱を弛緩させる抗コリン薬、低活動膀胱には膀胱収縮増強をはかるコリン作動薬、過活動尿道には尿道の抵抗を弱める横紋筋弛緩薬やα遮断薬、不全尿道には尿道を収縮させるα刺激薬や三環抗うつ薬が用いられます。これらの薬剤を組み合わせることにより、膀胱と尿道の機能異常をできるだけ正常に近づけるための工夫が行われます。その他、膀胱訓練、骨盤底筋体操、理学療法なども行われますが、治療に抵抗する例では、オムツや留置カテーテルとなってしまうこともあります。

3.尿路感染症にかからないために
   尿路感染症にかからないためには、「心にゆとりを持って、体に無理をさせないこと」が第一です。次のことに注意しましょう。
   @からだ、特に下半身を冷やさないこと。
   A体調に合わせて適度に運動し、疲れすぎないこと。
   B水分は日中多めに、でも夕方からは控えめにしましょう。
   C尿意を我慢しすぎないこと。
   D食事はバランス良くとり、便通を整えること。
   Eアルコールは控えめに。
   F不必要な、オムツ使用やカテーテル留置はしないこと。
   G全身性疾患や尿路の基礎疾患の治療は、正しく、しっかりと受けること。

4.尿路感染症にかかってしまったら
   "尿路感染症に罹ったかな"と感じたときには、我慢せず、できるだけ早く、病院・医院を受診して、適切な治療をきちんと受けて下さい。
   そして、水分を十分にとって、尿量を増やします。また、排尿したいのをあまり我慢しないようにして下さい(治ったら多少の我慢は問題ありません)。アルコールや香辛料の強い食べ物は控えて、熱が有るときは、十分に休養することが必要です。
   尿路感染症は、完全に治すことが大切です。症状が改善したからといって、自己判断で治療をやめないで下さい。


第26回(秋田市医師会市民講座)医療を考える集い: 高齢者の健康を考える Part 2
− 高齢者の感染症の予防と対策 − ( 2004年1月発表の要約、2005年8月 )

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